家づくりを決断するには結構迷いもあった。木造住宅の仕事をしていてコンクリートの箱の生活はないと以前から思っていたものの、鍵一つで戸締まりできる利便性、セキュリティも含め、なかなか重い腰が持ち上がらなかった。ところが二〇〇一年、二十一世紀の幕明けは衝撃的だった。八月に、生後一年の愛犬ゴンを交通事故で失う。この時初めて食べ物が喉を通らないという経験をした。その二ヶ月後、八十歳の誕生日を目前に母が突然逝ってしまった。母親の存在の大きさは、多分元気なうちには気づけないことなのだと思う。喪失感に襲われ、しばらくは精神的に立ち直れなかった。悲しみばかりを引きずっててはいけないと、幸せだった母さんと、そしてゴンちゃんとの思いをしっかりこころに刻み、生活の場を変えて出直そうと決断した。「最後まで自立できる家」も家づくりの大きなテーマ。母との暮らしの中で、ちょっとした工夫で高齢者がもっと安全に、もっと行動的に生活することができるということを肌で感じていた。年をとると背が縮む、思うように手が伸びない。届かないスイッチや、切れたら自分で換えられない照明、重いドアやサッシ。食器洗い機・洗濯機など設備の小さな文字の表示。引き戸のとってやドアノブ、蛇口の栓など、力をかけずに、しかも細かい指先の動きを必要としない仕様であったらと。また、滑りやすい素材や仕上げは床の段差よりも怖い。母は大理石の玄関で転倒し骨折した。つまずくのも、床の段差よりは木の床からカーペットなどと摩擦係数の違う場所が多かった。浴室は、手摺り、滑り止めマット、場合によってはシャワーチェアーが必要なケースもある。身体の小さな高齢者にとってはゆったりした浴槽は事故の原因となりかねない。