手首を切って外来に来る人は、とても多くみられます。その多くの人は、何度も繰り返し切ります。ためらい傷といって、ごくうすい傷を何本もつける人が多いのですが、中には深く切って、縫合が必要になる人もいます。なぜ切るのかと聞いて、はっきり答えられる人は案外少数です。「死のうと思って」と答える人ももちろんいますが、むしろ「なんとなく」という答えのほうが多い印象があります。切るのは、痛いと思います。実際、見るからに痛そうです。それでも切るというのは、やはりそれに匹敵する辛さがあるからだと思います。でもその気持ちを聞いても、すぐに語ってくれるわけではありません。言葉で表現できないからこそ手首を切っているとも言えるからです。「得」とか「損」という価値観の軸は、多分本人は想定していないと思います。だからこのように聞かれて、「えっ」とびっくりするのが普通だと思います。そんな質問をするなんて馬鹿じゃないのと思うかもしれません。でもそのことによって、気持ちが、「辛さ」に囚われている状態から、フッと離れます。急に現実感覚がよみがえってきて、手首を切っている自分を、一瞬でも客観視できるのではないかと思うのです。この質問は、この時たまたま発したものです。面接時の流れによって、ちょうどそのとき一番心にぴったり来た聞き方をします。もしマニュアル的にこのような聞き方をしているんだったら、あるいはいやらしさが混じってしまうかもしれません。精神科面接の、むずかしくもあり、面白くもあるところです。